神様のボート

江國香織の「神様のボート」を読了した。これももう何度も読みかえした作品。
江國さんの文章はすーっと入ってくるけど、よく読むととても思いつけないようなものばかり。重要なシーンではないから、読み飛ばしてしまっても全く問題ない。それがすごい。これくらいの文章が、スタンダードなのだ。そこらじゅうに散らばっている。例えばこんな感じ。

「みて!」
あたしは言い、歴史博物館につづく細い道をあごで示した。真黒な猫がゆうゆうと歩いている。猫の背中の毛にも、西日があたっていた。
「きれい」
この街の夕方が、あたしはとても好きだ。

「あごで示した」とか、読点の打ち方が好きだ。この文章だけで、どんな街だからわからないけど、僕もこの街の夕方が好きになってしまう。
ペースを落として、じっくり読んでみると贅沢な気持ちになる。


「抱擁、あるいはライスに塩を」のレビュー でもちょっと言及しているけど、やっぱりこの作品では「狂気」に惹きつけられる。
「国境の東、太陽の西」の 一の至高体験 に通じるものがあるかもしれない。

まずまずの素晴らしいものを求めて何かにのめり込む人間はいない。九の外れがあっても、一の至高体験を求めて人間は何かに向かっていくんだ。それが世界を動かしていくんだ。それが芸術というものじゃないかと僕は思う


いまではなかなか手に入らないかもしれないけど、「江國香織バラエティ」というムック本に「読者からの質問にお答えします」というページがあって、こんなことが書いてある。

『神様のボート』が大好きなのですが、続編はお書きにならないのでしょうか?
―― 栞 19歳 大学生
ないです。
でも、あの直後の出来事は、書き終わる前から私の中にありました。
葉子と草子と”あの人”は、”ラ・マーレ・ド・チャヤ”で食事をします。
はじめて三人で。
月も星もでている、きれいな夜です。
実際に書いたと思っちゃうくらいに明確にあります。

これを読んで以来、神様のボートには存在しない ラ・マーレ・ド・チャヤ のシーンを意識してしまう。存在しないけど、僕の中では外せない、とてもいいシーンのひとつ。


神様のボート
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