僕の遭遇した、東北関東大震災 - 都内から鎌倉まで帰ってきた

何の役に立つかわからないけど、やっぱり文章に残しておこうと思う。
まず自分や自分の家族がみな元気でいることに感謝する。

2011/03/11 13:00

午後一からミーティングコーナーで打ち合わせ。ちょっと重たいドキュメントのレビューを行う。

2011/03/11 14:50 頃

揺れを感じる。地震だな、と思っていてしばらくしても揺れが収まらない。
僕の職場は築年数30年を超える、30階近いビルの12階だった。
東京は震度5程度だったけど、それでも途中から立っていられなくなった。テーブルの下に隠れて、揺れが収まるのを待っていたが、ゆっくり長く揺られていると、揺れがとまっても揺れているように感じた。
その後ニュースなどを見ながら、仕事にはあまり手がつかなかった。
余震のときに外をみると、ビルが揺れていて、となりのビルとの隙間が広がったり、狭まったりしていた。自社でも石膏の壁にヒビがはいっていた。

2011/03/11 17:30

それでも定時を迎えた。
歩いて帰ることを選択した人たちが、続々と退社する。もちろんエレベーターは動かないので、非常階段で降りていく。僕は歩いて帰れる距離ではないので、とりあえず会社に残ることにした。
twitter で 鎌倉のフォロワーさんたちのtweetや、#kamakura などを読んでいて、鎌倉が停電していることを知る。母親の安否が気になるが、電話が繋がらないし、どうしようもない。
都内に勤める妹から電話があった。会社の固定電話から何回かかけて繋がったみたい。
それから妹とは twitter でやりとりすることにした。妹は横浜近郊に住んでいるので、電車が動いたら停めて欲しいとお願いした。

2011/03/11 18:30

コンビニに行く。いろいろ売り切れているものが多かったが、お菓子などはまだまだあった。バイトの店員さんが、おまたせしてすみません!と元気よく対応してくれるのがとても印象的だった。これだけずっと混んでいれば大変なのはすぐにわかる。だからこそ嬉しく、ほっとするような対応だった。

2011/03/11 20:00

母親からのメールを受信して、無事を確認した。一安心。
東海道新幹線が動き始めたという情報があり、妹は新幹線で帰った。
僕は結局会社に残って泊まる決意をした。
会社の備蓄食料があって、水、カロリーメイト、アルファ化米などがあった。
UstreamNHKを見ていたり、携帯でワンセグを見ているひとがいて、断片的な情報を得る。
このあたりから、何人か帰ろうとして帰れなくて会社に戻ってくる人がいた。

2011/03/11 22:00

帰ることを本格的に諦めたひとたちが外に飲みに行く。僕も行きたかったけど、いろいろあって行けなかったので、みんながいなくなった隙にちょっとだけ仕事をする。
それまではなんとか帰れるのかな、とか考えていろいろ調べていたりした。
会社では空調を24時間調整してくれて、水も、電気も、ネットもあって、とても助かった。
アルファ化米の五目ごはんを食べる。お湯をいれて20分くらい待ってできる。思っていたよりも美味しいし、ボリュームもあってお腹いっぱいになった。

2011/03/11 24:00

個人的な色々なことが片付いて、帰ることも諦めて、コンビニに行ってお酒を買ってフロアに戻って飲んだ。ustなどを見て、詳しい被害状況を知る。津波や、気仙沼の映像に本当に驚く。
飲みに行っていたひとたちも戻ってきて、いろいろ話をする。地震のことばかりだけど。

2011/03/12 02:00

椅子を並べて就寝。
サバイバルシートG.S.というとても薄い金色のシートをかぶる。これがすごく暖かかった。むしろ歩いて帰るひとが持っておくべきだと思った。

2011/03/12 08:00

寝心地はもちろん悪く、いろいろ悶えながらも6時間寝た。僕はよく寝る子。寝ないと駄目な子。
JRが7時から動き始めているという情報がTVで流れていたけど、まだ動いていなかった。京急は動いているようで、同じ方面の同僚と一緒に職場をでる。

2011/03/12 10:30

品川まで歩いて、京急を乗り継いで帰った。思っていたよりもずっとスムーズに帰れた。
ただ途中の泉岳寺駅には長蛇の列が出来ていた。数百メートルといった単位で。
逗子に着いたときにはちょっと感動したくらい。
疲れきっていたけど鎌倉でちょっと買い物をして家に帰った。
約28時間ぶりの帰宅。

2011/03/12 14:00

ご飯を食べて、お風呂入って、TVをひと通り見た。やっぱりけっこう疲れていて寝た。

まとめ

会社から自宅が20-30km程度でも、災害時は歩行者が多くゆっくりとしか歩けないことがある。さらに冬場は止まっていると冷え込みが厳しい。歩いて帰るのは距離以上に大変だと感じた。
歩いて帰るとトイレなどが大変(らしい)。(いろいろな施設や普通の民家の方が助けてくださったりしていたというtweetを読んだりして、ちょっと感動した。)
アルファ化米はけっこう美味しい。サバイバルシートG.S.暖かい。会社の備蓄食料や水などにかなり感謝。


僕にはできることがほとんどないので、わずかながら義援金の寄付を行いました。いつも使っているはてなから。
思ったよりもずっと簡単にできて、こういったところでシステム化の恩恵を受けました。


いろいろな善意があって、そういったときに自分にもなにかできないかなと思ったら、寄付をするのがいちばん簡単ではないかと思う。
いい2chのまとめ読んだり、tweet読んだり、blog読んだり、アプリ見つけたり、これはいいね!と思ったら、100円でも寄付したらよいと思った。
なにかしたいと思って、本当にできることがある、という状況やシステムに感謝をする。
思いわずらうことなく愉しく生きれる日を、切に願う。