キッチン

よしもとばななの「キッチン」を読了した。これも15歳くらいのときから何度も読んでいる。

私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。
どこのでも、どんなのでも、それが台所であれば食事をつくる場所であれば私はつらくない。
<中略>
本当につかれはてた時、私はよくうっとりと思う。いつか死ぬ時がきたら、台所で息絶えたい。ひとり寒いところでも、だれかがいてあたたかいところでも、私はおびえずにちゃんと見つめたい。台所なら、いいなと思う。
キッチン

秋の終り、えり子さんが死んだ。
気の狂った男につけまわされて、殺されたのだ。
満月ーーキッチン2

等はいつも小さな鈴をパス入れにつけて、肌身離さず持ち歩いていた。
それはまだ恋ではなかった頃に私が本当に何の気なしにあげたものだったのに、彼のそばを最後まで離れない運命となった。
ムーンライト・シャドウ

「キッチン」には、3つの短編が収められている。

  • キッチン
  • 満月ーーキッチン2
  • ムーンライト・シャドウ

それぞれの冒頭部分を引用した。どれも、とても魅力的だと思う。いきなり物語に引き込まれる。引き込む力をもっている文章だと思う。
特に キッチン の冒頭は、物語の導入部として、完璧に近い文章ではないだろうか。いろいろな小説を読んできたけど、この始まりの文章がいちばん印象に残っているし、個人的にとても好きだ。


「キッチン」は何度読み返しても、やっぱり心打つものがある。
「ムーンライト・シャドウ」は歳を取るほどに惹かれてしまう。
これもまた初めて読んでいたころは、大学生なんてずっと先だったのに。たぶん、いろいろな意味で距離ができた分、いろいろなことが理解できるようになってきたのだと思う。近すぎたり、渦中にいるとわからないことはたくさんある。
偉そうな言い方になってしまうが、「キッチン」にはいまではちょっと微妙な文章がいくつもある。時間の洗礼に耐えられない文章がある。全体としては不完全で歪な小説だけど、だからこそ訴えかけるものがある。それらをちょっと得難い良さに変えてしまう、稀有な作品だと思う。


キッチン (角川文庫)
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吉本 ばなな
角川書店
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