強くなければ、優しくなければ……

電車のなかに「働く君に贈る25の言葉」という本の広告があり、「強くなければ仕事はできない。優しくなければ幸せになれない。」という文章があった。25の言葉のうちのひとつだった。

「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない。」という台詞を思い出した。レイモンド・チャンドラーの最後の作品「プレイバック」に出てくる、主人公のフィリップ・マーロウの台詞だ。


マーロウの台詞を元にしているのかな、と思って帰りに立ち読みしてみたら、特になにも記載がなかった。似ているけど違う文章だし、特に糾弾したいわけでもなく、ただちょっとびっくりした。
例えば、電車に乗っていてふと前を見たら、「働くあなたに贈る言葉」って本の広告に「諦めたらそこで仕事は終了ですよ」とかってあったらびっくりしませんか?


こういった名言の類については、原典を読むことが大切だし、ためになると思っている。よく言われていることだけど。
もしドラを読んだら、ドラッカーのマネジメントを読んでみるとか。僕はどちらも読んでいないけど。
そんなわけで「働く君に贈る25の言葉」を読んだ方々は、「プレイバック」も読んでみるといいと思う。探偵フィリップ・マーロウの生き様からは学ぶことが多い。そしてチャンドラーの作品には素敵な文章も多い。

「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」(プレイバック)
「さよならをいうのは、少し死ぬことだ」(長いお別れ/ロング・グッドバイ)
ギムレットには早すぎる」(長いお別れ/ロング・グッドバイ)

フィリップ・マーロウ - Wikipedia


この文章を書くにあたって、「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない。」の正しい訳を探した。すると、見つからない。
ハヤカワ・ミステリ文庫の清水俊二訳(1977) では上述のとおり「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」となっていた。
「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない。」といった訳は正式なものではないようだ。でも「強くなければ」から始まっていた印象がすごく強いんだけど、不思議だ。
プレイバックのWikipedia にちょっと興味深いことが書いてあった。

この小説には、"If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive."「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」(清水俊二訳)というハードボイルドの代名詞ともいうべきマーロウの名台詞が含まれている。この台詞は1962年に丸谷才一が最初に取り上げたもので、それまでは誰も着目していなかったという。現在でも日本以外ではこの台詞はそれほど有名ではない。
その後、生島治郎がハードボイルドとは何かを語る際にしばしばこの一節を引き合いに出し、1978年の角川映画野性の証明』で生島の訳を元に「男はタフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」としてキャッチコピーに使われたことで、一気に世間に広まることになった。
矢作俊彦は『複雑な彼女と単純な場所』(新潮文庫)の中で、この一節は正しくは「ハードでなければ生きていけない、ジェントルでなければ生きていく気にもなれない」という意味であると述べている。

プレイバック - Wikipedia

面白い。よい文章を見つける力、というのもあるのかもしれない。


いくつかの文章を心に留めて生きていく、というのはいいことだと思う。
たまにそういった言葉に支えられることがある。「自分に同情するな」とか。



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